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空撮 熊本城周辺=熊本市
空撮 熊本城周辺=熊本市

撮影:2005年11月

空撮 熊本城周辺=熊本市

家並みと熊本城。手前の橋は坪井川に架かる永康橋=熊本市坪井5
家並みと熊本城。手前の橋は坪井川に架かる永康橋=熊本市坪井5丁目より

撮影:2004年10月

家並みと熊本城。手前の橋は坪井川に架かる永康橋=熊本市坪井5

通町鶴屋前交差点から見た熊本城本丸御殿=熊本市
通町鶴屋前交差点から見た熊本城本丸御殿=熊本市

撮影:2005年5月

通町鶴屋前交差点から見た熊本城本丸御殿=熊本市

船場橋から見た坪井川。上流を望むと熊本城天守閣がちょうど納ま
船場橋から見た坪井川。上流を望むと熊本城天守閣がちょうど納まる =熊本市

撮影:2005年11月

船場橋から見た坪井川。上流を望むと熊本城天守閣がちょうど納ま

空撮 復元工事が行われている熊本城。写真上は熊本市役所などの
空撮 復元工事が行われている熊本城。写真上は熊本市役所などの繁華街=熊本市

撮影:2004年1月

空撮 復元工事が行われている熊本城。写真上は熊本市役所などの

草に覆われた坪井川遊水地では釣りを楽しむ人の姿も。下流側には
草に覆われた坪井川遊水地では釣りを楽しむ人の姿も。下流側には熊本城が見える =熊本市坪井

撮影:2005年11月

草に覆われた坪井川遊水地では釣りを楽しむ人の姿も。下流側には

空撮 マンションも目立つ旧城下。熊本城(手前)と新町、横手の
空撮 マンションも目立つ旧城下。熊本城(手前)と新町、横手の町並み。奥は花岡山

撮影:2005年2月

空撮 マンションも目立つ旧城下。熊本城(手前)と新町、横手の

国鉄熊本駅の駅前広場と市電通り。右手に春日町商店街=熊本市
国鉄熊本駅の駅前広場と市電通り。右手に春日町商店街=熊本市   撮影日:昭和37年08月16日

撮影:2004年6月

国鉄熊本駅の駅前広場と市電通り。右手に春日町商店街=熊本市

荒尾市の商店街に掲げられた産炭地振興の横断幕
荒尾市の商店街に掲げられた産炭地振興の横断幕   撮影日:昭和37年12月16日

撮影:2004年8月

荒尾市の商店街に掲げられた産炭地振興の横断幕

ボーナス景気でにぎわう上通商店街=熊本市
ボーナス景気でにぎわう上通商店街=熊本市   撮影日:昭和37年12月16日

撮影:2004年8月

ボーナス景気でにぎわう上通商店街=熊本市

山鹿市商店街
山鹿市商店街   撮影日:昭和37年12月18日

撮影:2004年8月

山鹿市商店街

地層がむき出しになった御所浦島の東斜面=天草市御所浦町
地層がむき出しになった御所浦島の東斜面=天草市御所浦町   撮影日:平成20年12月02日

撮影:2008年12月

地層がむき出しになった御所浦島の東斜面=天草市御所浦町

一新校区の街並み=熊本市新町
町名小史・新町 新町は加藤清正がつくった“新市街”である。清正は都市計画の中で侍町と町人町に分けた。町人町は、飽田国府(二本木町)の商家を移して城の正面(西側)に建設、これを新町と呼んだ。清正の新城下町づくりでできた町には、住民の職業で付けられた町名が多い。後年の細川藩時代の記録によると、新町一帯は新魚屋町、新馬借町、新桶屋町、桧物(ひもの)屋町、塩屋町、新鳥屋町、瓶(つかめ)屋町、上・中・下職人町、新細工町のほか、清正の朝鮮の役ゆかりの蔚山町、高麗門の名がみえる。
昭和40年11月、従来の職業を付した町名は改正され、新町1丁目から4丁目までにかわった。   撮影日:2004/06/22

撮影:2004年6月

一新校区の街並み=熊本市新町

熊本市電で初めて導入されたセンターポール=熊本市春日1丁目
熊本市電で初めて導入されたセンターポール。電車の上下線の間にポールが設けられている=熊本市春日1丁目   撮影日:平成17年01月19日

撮影:2005年1月

熊本市電で初めて導入されたセンターポール=熊本市春日1丁目

各地で消防出初め式、町内を分列行進する山鹿消防団=山鹿町
各地で消防出初め式、町内を分列行進する山鹿消防団=鹿本郡山鹿町

撮影:1954年1月

各地で消防出初め式、町内を分列行進する山鹿消防団=山鹿町

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