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農村の正月=種山村。稲束が積んである庭でピンポンや羽子つきで遊ぶ子供ら。そのそばでは子犬がお乳を飲み平和な正月だった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和36年01月02日
撮影:1961年1月
農村の正月=種山村。稲束が積んである庭でピンポンや羽子つきで遊ぶ子供ら。
正月の餅つき=八代市。正月前に親類や近所の人たちが石臼、杵、せいろなど所有する家で共同の餅つきをした。子供たちも楽しみにして大喜びした (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和35年12月28日
撮影:1960年12月
正月の餅つき=八代市。正月前に親類や近所の人たちが石臼、杵、せいろなど所
初詣で記念撮影=八代市。お正月行事の「鎮守の杜・八代宮」への初詣で。親やそのまた親も着た紋付袴の正装した息子の晴れ姿を感謝しお参りした。記念撮影後、お母さんは親類や近所に顔見せの挨拶に廻った (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和35年01月01日
撮影:1960年1月
初詣で記念撮影=八代市。お正月行事の「鎮守の杜・八代宮」への初詣で。親や
師走の街角=八代市。正月準備に忙しい商店街をバイオリンを弾き、それを押しながら歩く白衣の戦傷者たち。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和34年12月28日
撮影:1959年12月
師走の街角=八代市。前川右岸の橋げたが戦時中の空襲や洪水などで損傷したの
師走の餅つき=八代市。向こう三軒両隣り、近所は皆仲良し。正月の「餅つき」も共同作業でぺったんぺったん交代で杵をふるった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和32年12月28日
撮影:1957年12月
師走の餅つき=八代市。向こう三軒両隣り、近所は皆仲良し。正月の「餅つき」
飼い葉運び=高森町。手塩にかけて飼育している牛、馬は家族の一員である。忙しい正月前でも栄養補給など飼育管理に余念がない (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和32年12月28日
撮影:1957年12月
飼い葉運び=高森町。手塩にかけて飼育している牛、馬は家族の一員である。忙
客馬車=八代市。「パッカパッカ」ひずめの音が軽快なリズムをとり、ゆったりと走る「客馬車」に子どもたちは大喜び。盆、正月やお祭りには子どもたちでいっぱいだった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和30年08月15日
撮影:1955年8月
客馬車=八代市。「パッカパッカ」ひずめの音が軽快なリズムをとり、ゆったり
もぐらうち=八代市。家の敷地や畑を荒らすもぐらを追い出す正月の子どもたちの年中行事。町内各戸を回り、わらなどを棒状に巻き、地面をたたいた。そして菓子やミカンをもらった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和30年01月07日
撮影:1955年1月
もぐらうち=八代市。家の敷地や畑を荒らすもぐらを追い出す正月の子どもたち
正月遊び=八代市。お餅で腹一杯になり、正月の里帰りの「従兄弟たち」と”福笑いゲーム”を楽しんだ。2組に分かれ次々にタオルで目をふさぎ、紙に画や字を書く。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和26年01月01日
撮影:1951年1月
正月遊び=八代市。お餅で腹一杯になり、正月の里帰りの「従兄弟たち」と”福
大根運び=高森町。正月用に出荷する大根を牛の背に積み、家路を急ぐ農夫は笑いながら話しかけた。農村ののんびりした原風景だった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和25年12月01日
撮影:1950年12月
大根運び=高森町。正月用に出荷する大根を牛の背に積み、家路を急ぐ農夫は笑
竹馬あそび=八代市。まだ自家用車が町内を走り回らない正月。子供たちは、自分たちで作った竹馬で遊んだ。年長になって高い竹馬に乗ると1人前と認められ自慢した (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和24年01月02日
撮影:1949年1月
竹馬あそび=八代市。まだ自家用車が町内を走り回らない正月。子供たちは、自
竹馬遊び=八代市。自家用車がまだ多くなかったころ。正月に自分たちでつくった竹馬であそぶの子供たち。屋根の上から竹馬に乗るくらいで一人前だった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和24年01月02日
撮影:1949年1月
竹馬遊び=八代市。自家用車がまだ多くなかったころ。正月に自分たちでつくっ