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繭から糸を取り出す自動繰糸機=和水町(大倉尚隆) 撮影日:平成26年05月26日
撮影:2014年5月
掲載日:2014-05-28
城北製絲の繰糸工場=和水町
山吹色に色づいたからすみを、布で拭いたり、裏返したりする水産加工場の従業員=天草市牛深町 撮影日:平成25年11月08日
撮影:2013年11月
掲載日:2013-11-10
からすみづくり最盛期=天草
長岩古墳群の中にある三菱重工業熊本航空機製作所の米田地下工場の入口=山鹿市 撮影日:平成25年07月15日
撮影:2013年7月
掲載日:2013-07-20
山鹿の戦争遺跡巡り。米田地下工場
ノリの色素がしみ出した加工場の排水「赤水[あかみず]」で川面が真っ赤に染まった沖新町の排水路=熊本市、29日午後2時ごろ 撮影日:平成23年01月29日
撮影:2011年1月
掲載日:2011-02-03
川面が真っ赤に染まった沖新町の排水路=熊本市
うたせ船で水俣病学ぶ。船頭の話を聞きながら、水俣市のチッソ工場沖合いを見学する参加者たち 撮影日:平成22年09月25日
撮影:2010年9月
掲載日:2010-09-26
うたせ船で水俣病学ぶ=水俣市のチッソ工場沖合い
工場の引込み線と汽車=八代市。工場の資材や製品を運搬するため興人、日本セメント、三楽工場には引き込み線があり、SLが活躍した (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和47年04月23日
撮影:1972年4月
工場の引込み線と汽車=八代市。工場の資材や製品を運搬するため興人、日本セ
旧日本セメント八代工場=八代市。明治23年操業を始め、工都八代市のシンボル的な存在で小中学ではスケッチやセメントのできる工程など外から勉強した (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和43年04月15日
撮影:1968年4月
旧日本セメント八代工場=八代市。明治23年操業を始め、工都八代市のシンボ
昭和空撮59 十條製紙と駅一帯=八代市 撮影日:昭和39年04月20日
撮影:1964年4月
掲載日:2011-10-15
昭和空撮59 十條製紙と駅一帯=八代市 昭和39年
工場群と郡築干拓。日本セメント、三楽オーシャン工場一帯=八代市 撮影日:昭和36年12月09日
撮影:1961年12月
掲載日:2011-10-21
昭和空撮60 日本セメント、三楽オーシャン工場一帯=八代市 昭和36年
昭和空撮50 春日、二本木一帯=熊本市。 熊本駅(中央)周辺。左下は月星化成熊本工場。右下は白川。後方左から万日山、花岡山 撮影日:昭和35年08月12日
撮影:1960年8月
掲載日:2011-08-04
昭和空撮50 春日、二本木一帯=熊本市 昭和35年
日本セメント工場の右側は三楽オーシャン工場があり国鉄八代駅から両工場まで引き込み線でSLが往復していた=八代市 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和35年05月11日
撮影:1960年5月
日本セメント=八代市。日本セメント工場の右側は三楽オーシャン工場
木材集積場=八代市。製紙工場用の木材は松が多く県内外から新港町の埋立地にできた集積場に運ばれた。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和32年07月21日
撮影:1957年7月
木材集積場=八代市
八代大洋デパート開店=八代市。県内第2の都市八代市には、五大工場があり人口も熊本市に次ぐ。県南の商業圏の客を当て込んだ開店で活気がただよった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和31年10月08日
撮影:1956年10月
八代大洋デパート開店=八代市。県内第2の都市八代市には、五大工場があり人
工場巡りのSL=八代市。八代市には製紙、繊維、セメント、アルコール工場の製品や原材料を運ぶ専用の引込線路があり市内の東西を運転していた。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和31年10月01日
撮影:1956年10月
工場巡りのSL=八代市。八代市には製紙、繊維、セメント、アルコール工場の
引込み線のSL=八代市。県南最大の工業地帯八代市には製紙、化学繊維、アルコール、セメントの大工場があり、その原材料や製品の搬入・搬出のため各工場に引き込み線があった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和30年04月19日
撮影:1955年4月
引込み線のSL=八代市。県南最大の工業地帯八代市の引込み線