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昭和19年8月 出陣を控えた海軍航空兵=球磨郡相良村
昭和19年8月 セーラー服姿は現相良村と錦町にまたがる高原(たかんばる)台地にあった海軍飛行場の航空兵たち。写真提供の権頭さん方に遊びに来たときの一こま=球磨郡相良村 ※人吉市北願成寺町の権頭亮さん提供

撮影:1944年8月

昭和19年8月 出陣を控えた海軍航空兵=球磨郡相良村

昭和18年12月 戦艦「敷島」前の済々黌の生徒たち=長崎市 ※熊本市花立
昭和18年12月 戦艦「敷島」前の県立中学済々黌4年1組の生徒たち。手旗信号やカッター訓練などを行って海軍の生活を体験した=長崎市 ※熊本市花立の田代修さん提供

撮影:1943年12月

昭和18年12月 戦艦「敷島」前の済々黌の生徒たち=長崎市 ※熊本市花立

波が打ち寄せる烏帽子坑の坑口(左)。右は防波堤=天草市
くまもと建築遺跡めぐり・烏帽子坑 煙が出ない高品質の「無煙炭」として日本海軍の軍艦燃料に重宝され、明治から大正時代に最盛期を迎えた天草地方の炭田。当時の面影を現在に伝えるのが、天草市牛深町下須島沖の「烏帽子(えぼし)坑」の坑口跡だ。
牛深町宮崎の漁港から船で約10分ほど下須島の西海岸沿いを航行、陸地から約200メートルの海上に坑口を開けた烏帽子坑が浮かんでいた。坑口から坑道が海の中へと傾斜して曲線を描く形は、海上に鎮座する獅子の背中にも見えた。
烏帽子坑は1897(明治30)年、天草炭業が開坑。無煙炭を軍事用に採掘したが、排水の処理がうまくいかなかったため、数年後に閉坑となった。坑口は縦横2メートルで5層の赤レンガと砂岩を組み合わせている。背後に、岩礁を利用した石組みの防波堤(長さ50メートル、高さ6メートル)があり、坑口を守っている。
天草地方の炭鉱で働いていた地元の高齢者は「劣悪な労働条件で、つらい思い出もあるが、天草の炭鉱の歴史を後世に伝えるためにも残してほしい」と話した。打ち寄せる波に襲われながら立ち続けてきた烏帽子坑の姿は、そんな声に必死に応えようとしているようだった。=天草市牛深町の下須島沖   撮影日:平成18年07月14日

撮影:2006年7月

波が打ち寄せる烏帽子坑の坑口(左)。右は防波堤=天草市

昭和19年 連合艦隊旗艦”大淀”=広島県柱島 ※熊本市水前寺公
昭和19年 旧海軍・連合艦隊最後の旗艦となった「大淀」で司令長官・豊田大将、草鹿参謀長ら=広島県柱島 ※熊本市水前寺公園の本田健さん提供

撮影:1945年4月

昭和19年 連合艦隊旗艦”大淀”=広島県柱島 ※熊本市水前寺公

昭和20年1月 旅順海軍予備学生の教官一同
昭和20年1月 旅順海軍予備学生教育部の全教官が元旦の新年遥拝式後に撮影。写真提供の小佐井さんは昭和19年から終戦直前まで訓練を受けた ※鹿本郡植木町の小佐井俊之さん提供

撮影:1945年1月

昭和20年1月 旅順海軍予備学生の教官一同

昭和20年1月 父・堀本義秋の出征記念=玉名郡岱明町
昭和20年1月 写真提供の堀本さんの父・堀本義秋さんの出征記念に自宅前で撮影。義秋さんは佐世保海兵団に入隊、戦艦「榛名」に乗艦した=玉名郡岱明町 ※玉名市岱明町の堀本義寛さん提供

撮影:1945年1月

昭和20年1月 父・堀本義秋の出征記念=玉名郡岱明町

昭和16年ごろ 石坂健郎さん。フィリピン・レイテ島の空中戦で戦死した
昭和16年ごろ 写真提供の丹生さんと中学済々黌の同級生だった石坂健郎さん(父は元熊本市長)。フィリピン・レイテ島の空中戦で散華。丹生さんの手元に残る貴重な1枚 ※上益城郡御船町の丹生幸輔さん提供

撮影:1944年1月

昭和16年ごろ 石坂健郎さん。フィリピン・レイテ島の空中戦で戦死した

小イワシの地引網シーズンに 海岸で網のつくろい=天草郡富岡町
小イワシの地引網シーズンに 海岸で網のつくろい=天草郡富岡町

撮影:1954年5月

小イワシの地引網シーズンに 海岸で網のつくろい=天草郡富岡町

見学船に寄り添うようにして泳ぐイルカの群れ=天草市
見学船に寄り添うようにして泳ぐイルカの群れ=天草市   撮影日:平成21年03月07日

撮影:2009年3月

見学船に寄り添うようにして泳ぐイルカの群れ=天草市

アカウミガメの卵を安全な場所に移す県希少野生動植物調査員
育て!アカウミガメ アカウミガメは、太平洋や大西洋、インド洋、地中海など温帯域にすむ赤褐色のウミガメ。国内では春から夏にかけて産卵する。生まれた子ガメは太平洋を1万キロ以上泳いで横断し、メキシコ沖に到達。ここで育ち、生後20~25年で甲羅(こうら)の長さ(甲長)が60センチ程度にまで成長した未成熟のカメが、繁殖のため日本に戻ってくる。産卵するのは、甲長80センチ台に達した成熟個体で、県内の天草西海岸などで産卵が確認されている。
牛深地方や天草西海岸の産卵場所では、5月から8月にかけて上陸・産卵が見られるが、自然の砂浜の減少などで数が減っており、2005年は上陸は8回、産卵は3回だった。
天草市の県希少野生動物調査員は「ウミガメが訪れる海岸での花火などは、上陸や産卵の妨げになるのでやめてほしい」と呼びかけている。アカウミガメの卵などの採取は条例で禁止されている。=天草市   撮影日:平成18年06月07日

撮影:2006年6月

アカウミガメの卵を安全な場所に移す県希少野生動植物調査員

御立岬公園から眺めた八代海と天草の島々=芦北郡芦北町
御立岬公園から眺めた八代海と天草の島々=芦北郡芦北町

撮影:2006年1月

御立岬公園から眺めた八代海と天草の島々=芦北郡芦北町

不知火現象と見られる明かり(中央左)=宇城市不知火町
八代海の不知火 旧暦の八朔(はっさく=8月1日)の前日深夜から当日未明にかけ、宇城市不知火町沖の八代海で不知火現象が観測できる。毎年、町内の永尾(えいのお)神社や天の平農村広場には多くの見物客が訪れる。不知火は、光が沖合で点滅したり、移動したりするように見える現象。八代海は海底の凸凹が多いのが特徴で、干潮時、干潟部分と海水だまり部分の空気の温度差で出来る“空気レンズ”を通し、漁火(いさりび)や集落の明かりが見えると考えられている。一年で最も潮の引く八朔の日が最適の条件となり、昼夜の温度差が大きいほど出やすいという。写真は不知火現象と見られる明かり(中央左)=宇城市不知火町の永尾神社から   撮影日:平成17年09月04日

撮影:2005年9月

不知火現象と見られる明かり(中央左)=宇城市不知火町

アジア・アフリカへの支援米を植える鶴城中学校の生徒たち=山鹿市
長崎で被爆した稲の子孫「原爆稲」やアジア・アフリカへの支援米を植える鶴城中学校の生徒たち=山鹿市   撮影日:平成17年06月28日

撮影:2005年6月

アジア・アフリカへの支援米を植える鶴城中学校の生徒たち=山鹿市

来年の閉校を控えた最後の運動会で、伝馬船競争を披露しようと練習する茂串小
来年の閉校を控えた最後の運動会で、伝馬船競争を披露しようと練習する茂串小学校の子供たち=牛深市   撮影日:平成16年09月14日

撮影:2004年9月

来年の閉校を控えた最後の運動会で、伝馬船競争を披露しようと練習する茂串小

水族館見学=本渡市の天草海底自然水族館
水族館見学=本渡市の天草海底自然水族館   撮影日:昭和42年06月21日

撮影:1967年6月

水族館見学=本渡市の天草海底自然水族館

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