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7紙芝居=八代市蛇籠。町内を一回りする紙芝居のオジサンを見ると、遊んでいた子供たちは神社の境内に集まる。1円で飴を買い、おじさんの熱演に見とれる子供たち。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和23年00月41日
撮影:1970年1月
7紙芝居=八代市蛇籠。町内を一回りする紙芝居のオジサンを見ると、遊んでい
年末、贈答品やふるさと便などの小包で大混雑の熊本駅小荷物係 撮影日:昭和44年12月16日
撮影:1969年12月
掲載日:2011-12-24
年末、贈答品やふるさと便で大混雑の熊本駅小荷物係 昭和44年
熊本みかん列車出発式=熊本駅 撮影日:昭和43年10月15日
撮影:1968年10月
掲載日:2011-12-24
熊本みかん列車出発式=熊本駅 昭和43年
買い物を頭に載せて=八代市。天草から八代の蛇籠港まで蒸気船で買い物に来た人の中には、買い物を頭に乗せうまく歩く人もいた。みんな慣れていてびっくりしなかった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和43年09月05日
撮影:1968年9月
買い物を頭に載せて=八代市。天草から八代の蛇籠港まで蒸気船で買い物に来た
4月中旬から旧前川橋の鉄橋で泳ぐ色とりどりのこいのぼり=八代市 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和43年05月05日
撮影:1968年5月
前川橋のこいのぼり=八代市
草ソリ遊び=阿蘇町。阿蘇は四季を通じて魅力がある。子ども連れのお父さんたちは草千里の原っぱでソリ遊びを楽しんだ (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和43年05月05日
撮影:1968年5月
草ソリ遊び=阿蘇町。阿蘇は四季を通じて魅力がある
日奈久の客馬車=八代市。日奈久駅の上り下りの列車時間に合わせ木造3階建ても多い老舗旅館を巡回する。自家用車が増加し、道も渋滞するようになった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和42年03月18日
撮影:1967年3月
日奈久の客馬車=八代市。日奈久駅の上り下りの列車時間に合わせ木造3階建て
畜産市の昼食。手塩にかけた牛馬が高値で売れるか、大切な日。お昼には酒を振る舞い夫人ともども機嫌をとる=八代市 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和41年11月18日
撮影:1966年11月
畜産市の昼食=八代市
球磨川全域が豪雨にに見舞われた。八代市の荻原町の堤防決壊で民家が流出し、国道3号も大混乱した (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年09月24日
撮影:1965年9月
球磨川の洪水=八代市
十五夜踊り=八代市。十五夜の綱引きの最後は、篝火(かがりび)の廻りで婦人会の人たちが踊り、泊まり客も飛び入りし秋の夜を楽しむ。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年09月18日
撮影:1965年9月
十五夜踊り=八代市。十五夜の綱引きの最後は、篝火(かがりび)の廻りで婦人
大鋸で作業=松島町。直径50cm以上の松材は、造船作業では必ず適当な厚さに長い時間をかけて大鋸で割いだ。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年09月18日
撮影:1965年9月
大鋸で作業=松島町
頭地停留所の手前にある手清水=五木村 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年09月08日
撮影:1965年9月
頭地停留所の手前にある手清水=五木村 (麦島勝氏撮影)
大鋸で作業=松島町。板の厚みで長さが1m位になると「矢」と呼ばれる「楔(くさび)」を打ち、大鋸の摩擦を防ぎ切れやすい様に苦心して割いた。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年09月07日
撮影:1965年9月
大鋸で作業=松島町
踏み切り待ち=八代市。八代駅から貨物専用の球磨川駅へは1日数回の貨物列車が通った。その間、いそがしい通行人もがまんしながら待ってくれた (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年09月02日
撮影:1965年9月
踏み切り待ち=八代市。八代駅から貨物専用の球磨川駅へは1日数回の貨物列車
八代内港。客船の発着場が蛇篭港だった頃、戦時中の造船所跡地に工事用の船や貨物運搬船で「船だまり」ができるほどだった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和40年05月01日
撮影:1965年5月
八代内港