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飯食い祭り=高森町。350年の歴史をもつ伝統行事。秋の収穫が終わり、新米を持ち寄って貴重な白米をたらふく食べ、翌年の豊作を願ったのが起源と云う。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和59年12月10日
撮影:1984年12月
飯食い祭り=高森町。350年の歴史をもつ伝統行事。秋の収穫が終わり、新米
通学船=坂本村。小学校のある球磨川右岸の段地区まで役場の今泉丸が送迎していた。しかし風の強い日や洪水の時は、上下流の橋を経て父兄が車で送った (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和59年11月06日
撮影:1984年11月
通学船=坂本村。小学校のある球磨川右岸の段地区まで役場の今泉丸が送迎して
五木村役場。湖底に沈むふるさととして有名になり、どんな所かと訪れる人が多くなった。「 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和58年09月02日
撮影:1983年9月
五木村役場。湖底に沈むふるさととして有名になり、どんな所かと訪れる人が多
五木村役場前の林業振興の看板。山の荒廃を見かねて「山は泣いている。あなたを待っている。さあ光を入れよう。明るさとたくましさを蘇らせよう」と看板がたてられた (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和58年09月02日
撮影:1983年9月
五木村役場前の林業振興の看板。山の荒廃を見かねて「山は泣いている。あなた
日奈久のちくわ焼き=八代市。温泉神社の春まつりのアトラクションに日奈久名物竹輪つくりが行われ、各人が3本ずつ炭火で焼き、おいしい香りが境内にただよった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和58年04月03日
撮影:1983年4月
日奈久のちくわ焼き=八代市。温泉神社の春まつりのアトラクションに日奈久名
どんどや=八代市。正月が終わり、毎年7日には校区でどんど焼きが行われた。直径4~5メートル、高さ6メートル位の竹組に正月の飾り物を焼き、その火で餅を焼いて食べた (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和58年01月07日
撮影:1983年1月
どんどや=八代市。正月が終わり、毎年7日には校区でどんど焼きが行われた。
日奈久温泉神社の神幸行列=八代市。温泉神社の神幸行列に子供たちの魚みこしも加わり、元気に町内を練り歩いた (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和57年10月15日
撮影:1982年10月
日奈久温泉神社の神幸行列=八代市。温泉神社の神幸行列に子供たちの魚みこし
熊本市役所新庁舎落成式=熊本市手取本町 撮影日:昭和56年11月04日
撮影:1981年11月
掲載日:2012-03-31
熊本市役所新庁舎落成式 建物外観=熊本市。昭和56年
田楽料理=高森町。田楽はいろりを囲み家族で食べる阿蘇の郷土料理。レジャーで訪れた知人などから口コミで広がって、高森の人気料理になった。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和55年10月02日
撮影:1980年10月
田楽料理=高森町。田楽はいろりを囲み家族で食べる阿蘇の郷土料理。レジャー
野良帰り=高森町。牛に刈り草などを運ばせ、家に帰る (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和54年09月02日
撮影:1979年9月
野良帰り=高森町。牛に刈り草などを運ばせ、家に帰る (麦島勝氏撮影)
日奈久駅と馬車=八代市。日奈久駅前を出発する馬車 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和52年07月25日
撮影:1977年7月
日奈久駅と馬車=八代市。日奈久駅前を出発する馬車 (麦島勝氏撮影)
ゴルフ練習=富合町。高嶺の花でもあったゴルフが、一般庶民にも手軽に練習ができると緑川橋の下の河川敷はにぎわった (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和52年05月03日
撮影:1977年5月
ゴルフ練習=富合町。高嶺の花でもあったゴルフが、一般庶民にも手軽に練習が
家族、五木村の街角。通りすがりの人と挨拶を交わした。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和52年04月29日
撮影:1977年4月
家族、五木村の街角。通りすがりの人と挨拶を交わした。 (麦島勝氏撮影)
写真撮影=熊本市。おばあさんに抱かれた赤ちゃんは、下を向いたりきょろきょろして正面を向いてくれない。通りすがりに撮影した。 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和52年03月03日
撮影:1977年3月
写真撮影=熊本市。おばあさんに抱かれた赤ちゃんは、下を向いたりきょろきょ
講堂横で保護者と一緒に記念撮影=八代市 (麦島勝氏撮影) 撮影日:昭和51年04月01日
撮影:1976年4月
一年生の入学記念写真=八代市